大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

盛岡地方裁判所 昭和42年(ワ)107号 判決

原告

北湯口菊蔵

被告

石川勉

ほか一名

主文

被告等は各自原告に対し二、一八六、三九〇円およびこれに対する昭和四〇年一一月一一日より支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告等の連帯負担とする。

この判決は第一項につき原告において金一〇〇、〇〇〇円を担保に供するときは仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は「被告等は各自原告に対し金二、三九一、六〇〇円およびこれに対する昭和四〇年一一月一一日より支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする」との判決および仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、被告石川勉は、昭和四〇年一一月一〇日午前七時五〇分頃岩手県和賀郡和賀町堅川目第二地割三〇番地付近道路上を、大型貨物自動車(ダンプカー)岩一ゆ二七一六号(以下被告車という)を運転して東進中、折柄同道路上を自転車に乗つて対面進行してきた訴外北湯口千治に、被告車を折触させてはねとばし、これにより同訴外人は同日午前九時五〇分頃北上市黒沢尻町大字里分一六地割一八八番地の一岩手県立北上病院において頭蓋底骨折、頭蓋内出血のため死亡した。

二、しかして右事故は被告石川の過失に基づくものである。本件事故は、降雨中で、路面はぬれて滑り易い状態にあつたのであるから、かかる場合自動車運転者としては、徐々に減速してブレーキを適確に操作し、横ぶれ、滑走などによる事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、同被告はこれを怠り、時速約六〇粁の高速度で進行中、前方約五〇米の地点の道路両側に駐車中の自動車三台および人影をみて急激に制動を施した過失により、車体後部を右方に急転回させながら被告車を約二〇米滑走させ、この結果前記のように本件事故を惹き起こしたものである。

三、被告岩渕藤雄は被告車を保有し、北上砂利工業の商号で砂利採取運搬業を営み、同石川は自動車運転者として同岩渕に雇われているものである。しかして本件事故は被告石川が被告車を同岩渕のため運行の用に供していた際に発生したものであるから、同被告は自動車損害賠償保障法第三条に基づき、また同石川は民法第七〇九条に基づき、本件事故によつて千治および原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。

四、本件事故によつて生じた損害は次のとおりである。

(一)  千治の得べかりし利益の喪失による損害金二、三九一、六〇〇円。

被害者千治は、本件事故当時満三五歳で、健康な男子であり、本件事故にあわなければ、なお三五・二七年は生存し、少なくとも右余命年数のうち満六〇歳まで、二五年間稼働できた筈である。

そして千治は、本件事故当時北上市柳原町一丁目六番六号小田萬建設こと小田島萬吉方に土工として雇われ、一日金九〇〇円の支給を受け、一箇月の稼働日数は二五日を下らなかつたから、一箇月の平均収入額は金二二、〇〇〇円であり、他方生活費として一箇月金一〇、〇〇〇円を支出していた。

したがつて千治の年間純収益額は金一五〇、〇〇〇円であり、就労可能年数二五年間の得べかりし純益は金三、七五〇、〇〇〇円となり、本件事故によつて千治は右得べかりし利益を失つたわけである。

そこでこれを発生時における一時払額に換算するため、右年間利益から一年毎にホフマン式計算方法により年五分の割合による中間利息を控除すると金二、三九一、六〇〇円となる。

しかして原告は千治の父で唯一の相続人であるから、右債権を全額相続した。

(二)  慰藉料金一、〇〇〇、〇〇〇円

原告は、本件事故によつて最愛の子を失い、その精神的苦痛は筆舌に尽し難く、その慰藉料として金一、〇〇〇、〇〇〇円が相当である。

五、しかして原告は本件事故について自動車損害賠償保障法に基づく保険金一、〇〇〇、〇〇〇円を支払われたので、原告は被告等に対しそれぞれ、前記四の(一)、(二)の合計額金三、三九一、六〇〇円から右金一、〇〇〇、〇〇〇円を差し引いた残金二、三九一、六〇〇円およびこれに対する本件不法行為発生の翌日である昭和四〇年一一月一一日より支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べ、被告等主張の抗弁事実を否認した。

〔証拠関係略〕

被告石川は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁および抗弁として、

一、原告主張の請求原因第一ないし第三項の事実は認める。

同第四項の事実は知らない。

二、本件については、原告の要求により、医療費、葬儀費その他の諸経費として合計金九九、五七五円を支払つたほか、保険金一、〇〇〇、〇〇〇円をもつて賠償し、示談が成立したから、既に本件は解決済である。

と述べた。〔証拠関係略〕

被告岩渕訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁および抗弁として

一、原告主張の請求原因第一項の事実中、訴外北湯口千治が死亡したことは認めるが、その余の事実は知らない。

同第二項の事実は知らない。

同第三項の事実は否認する。

被告岩渕は、昭和四〇年二月二〇日付で砂利採取業を廃業し、その後は同被告の長男岩渕祐一が北上砂利工業所の商号で砂利採取業を営み、被告車も祐一が所有して、右事業に供していたものである。したがつて被告岩渕は被告車の保有者としてこれを自己のために運行の用に供する者に該当しない。

同第四項の事実は知らない。

二、本件事故については、昭和四〇年一二月二二日、原告の代理人である次男訴外北湯口武と被告岩渕との間において、同被告は本件事故に基づく損害に対し自動車損害賠償保障法による保険金一、〇〇〇、〇〇〇円をもつて賠償することとし、内金六〇〇、〇〇〇円は原告に、内金四〇〇、〇〇〇円は被害者千治の内縁の妻高橋ミツコに支払うこと、および原告は本件に関し、今後一切異議を申し立てないことを約定して示談契約が成立し、しかして同被告は右契約に基づく金員の支払を終え、一切が解決した。したがつて同被告は右示談金のほかに、さらに本訴請求金を支払うべき義務はない。

と述べた。

〔証拠関係略〕

理由

一、本件事故の発生および被害者千治の死亡

原告主張の請求原因第一項の事実は、被告石川においては争わず、また被告岩渕に対する関係においては〔証拠略〕により明らかである。

二、被告石川の責任

原告主張の請求原因第二項の事実は被告石川も争わず、〔証拠略〕を併せ総合すると、本件事故は原告主張のごとき被告石川の過失行為に基因したものであることが認められ、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

そうすると被告石川は、別段の免責事由がない限り、民法第七〇九条に基づき本件事故によつて生じた損害を賠償すべき責任がある。

三、被告岩渕の責任

〔証拠略〕を総合すると、被告岩渕と訴外岩渕祐一とは親子で、肩書住居に同居しているものであつて、昭和四〇年四月頃以前は、被告岩渕が名実ともに営業主として、肩書住居において北上砂利工業の商号で砂利採取運送業を営んできたところ、その後は所轄庁に対する営業者の届出を祐一名義に変えたが右事業の施設設備等は従前のままこれを利用し、また同被告においても依然、祐一とともに右事業を主宰し、従業員からは社長と呼ばれて、これを指揮監督し、右事業から生じる収益は同被告も享受し、これに対する公租公課も同被告が営業主としてその名において納税してきたこと、そして被告車の所有名義は祐一のものであつたが、常時右営業に供され、かつその走行管理に関する費用も右営業による収益から支出されているばかりか、同被告もまた右営業の主宰者として被告車を利用管理する地位にあつたことが認められ、証人岩渕祐一の証言中右認定に反する部分はたやすく措信することができず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。右認定の事実によれば、被告岩渕は被告車の保有者であつて、これを自己のため運行の用に供するものといわねばならない。しかして前記甲第七号証によると、被告石川は前記北上砂利工業に雇われ、自動車運転の業務に従事し、平素は和賀郡沢内村所在の自宅から国鉄を利用して通勤していたが、昭和四〇年一一月九日午後六時頃、終業後、帰宅しようとして一旦駅にきたが、折悪しく列車が混雑していたので、これに乗らず、勤先に戻つて、被告岩渕に対し右事情を話して、帰宅のため被告車の貸与方を申し出たところ、同被告もこれを承諾したこと、そこで被告石川は被告車を運転して帰宅し、翌一〇日朝再び被告車を運転して出勤し、その途中において本件事故を惹き起こしたことが認められ、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。かように本件事故の際における被告石川の被告車の運転行為は、被告岩渕の承諾を得てなされた出勤途上のものであつたから、仮に被告両名の主観においては被告岩渕のためにしたものでなかつたとしても、客観的には、依然被告岩渕は被告石川を通じて被告車に対する支配力を保持し、かつその運行利益を享受するものであり、したがつて被告岩渕は、本件事故の際にも、被告車を自己のために運行の用に供するものとしての地位を失うことなく、これを持ち続けていたものといわなければならない。

そうすると被告岩渕は、別段の免責事由を有しない限り、運行供用者として、自動車損害賠償保障法第三条に基づき、本件事故によつて生じた損害を賠償すべき責任がある。

四、損害

(一)  千治の得べかりし利益の喪失による損害

〔証拠略〕によると、千治は、昭和五年四月九日生まれの健康な男子で、本件事故による死亡当時は満三五歳であつたこと、同人は小学校を卒業後、本件事故に至るまで土方人夫として稼働し、本件事故当時は一日平均金九〇〇円を超える金額を支給され、かつ一箇月の稼働日数は夏季冬季を通じて平均二五日を下廻らなかつたことが認められ、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

右認定の事実に、満三五歳の健康状態が普通の男子の平均余命年数が第一〇回完全生命表によると満三五・二七年であることを併せ考えると、千治は本件事故に遭遇しなければ、爾後さらに少なくとも原告の主張する満六〇歳までの二五年間は土方人夫として稼働可能であり、その間少なくとも毎月金二二、五〇〇円の収入を挙げ得たであろうことが推認される。

そして前記認定の千治の職業、生活環境等を考慮し、かつ証人北湯口武の証言によると千治は当時内縁の妻と事実上の夫婦生活を営んでいたことが認められるので、この事実をも併せ徴すると、他に格別の資料のない本件においては、右収入に対する千治の生活費の占める割合は五割と認めるのが相当であるから、結局千治の一箇月当りの純収益額は金一一、二五〇円ということができる。

そこでこれを本件事故発生時における一時払額に換算するため、一箇月の得べかりし純利益から一箇月毎にホフマン式計算方法により民事法定利率年五分の割合による中間利息を控除すると金二、一八六、三九〇円(但し円未満四捨五入)となることが係数上明らかである。

しかして原告は千治の父であつて唯一の相続人であることは、〔証拠略〕により明らかであるから、原告は被告等に対し右金額の損害賠償請求権を取得したことになる。

(二)  原告の慰藉料

原告が千治の父であることは前記認定のとおりであるところ、〔証拠略〕によると、原告は明治二四年九月二四日生まれで、既に老令のため働くこともままならず、また他に財産もなく、生活費は千治の仕送りにのみ頼つて、独り暮しを続けてきたものであることが認められ、右によれば原告は千治の死亡によつて甚大な精神的苦痛を蒙つたことが明らかであり、これに叙上認定の本件にあらわれた諸般の事情を総合すると、その精神的苦痛を償うに足りる金額は原告の主張する金一、〇〇〇、〇〇〇円を下らないものと認める。

五、免責事由の存否

(一)  示談契約の成否

〔証拠略〕によると、被告岩渕は、本件事故に基づく損害について、原告に対し自動車損害賠償保障法による保険金一、〇〇〇、〇〇〇円をもつて賠償し、内金六〇〇、〇〇〇円は原告に、内金四〇〇、〇〇〇円は千治の内縁の妻高橋ミツコに支払うことを約し、右約旨により同被告は昭和四二年一二月二二日、右高橋に対し右金四〇〇、〇〇〇円を、原告の代理人北湯口武に対し右金六〇〇、〇〇〇円から同被告が立替払した千治の葬儀費用等一切を差し引いた残金を交付したことが認められる。

そこで被告等は、本件は右条件をもつて解決し、爾後原告は本件に関し何ら異議を申し立てない旨約して示談契約が成立したと主張する。この点に関し乙第一号証念書には、原告において前記金額を受領後は、一切の迷惑をかけない旨記載され、その作成者として原告名義の署名印影があり、また同第五号証受領証には、その作成名義人として北湯口武なる署名印影があつて、同人において金六〇〇、〇〇〇円を受領し、今後この問題に関しては一切異議を申し立てない旨記載されていることが明らかであるところ、右乙第五号証中北湯口武の名下の印影が同人の印鑑によるものであることは原告も認めて争わず、また〔証拠略〕によると、右乙第一号証中原告名下の印影は原告の印鑑を押捺したものであることが認められる。そしてまた証人岩渕祐一の証言中には、本件事故に関しては、当事者間に前記各書証に基づく示談契約が成立して解決済である旨の供述部分がある。

しかしながら前記賠償金一、〇〇〇、〇〇〇円は、本件事故により原告側の蒙つた前記認定の損害額を遙るかに下廻り、その二分の一にも達せず、本件事故が前記認定のように専ら被告側の過失に基因したものであることをも併せ考慮すると著しく低額であり、また被害者死亡の場合におけるこの種の損害賠償の一般的事例に照らしても低額に過ぎることを否定することができないのであつて、原告がかような低額な賠償を受けるだけで満足し、示談契約に応じたと認めるには、いかにも不自然な嫌いがあり、翻つて原告がかような低額の賠償で満足したであろうと認め得る特段の事情も見出されない。そして〔証拠略〕によると、前記乙第一号証および同第五号証は、いずれも被告岩渕側において予め作成したものであるが、原告は老令であるばかりか、もともと読み書きの能力は十分でなく、辛うじて平仮名程度を判読できるだけであり、北湯口武は小学校を四年程度しか通つておらず、その後は専ら日傭人夫の生活を送つてきて、平仮名さえも殆んど判続できない程であり、また原告のため被告側との本件交渉に関与したことのある北湯口サカエも小学校三年までしかゆかず、この点武と大差なく、いずれも前記各書証の記載内容を判読理解する能力に欠けているばかりでなく、原告および北湯口武はそれぞれ前記各書証を示されて、その記載内容の説明を受けたこともなく、同各書証中の原告等の前記各印影は、いずれも原告等が自から押捺したものでなく、前記乙第一号証は自賠法による保険金を請求するのに必要な書類に押捺するということで、また同第五号証は賠償金の受領証に押捺するということで、いずれもその印鑑を被告岩渕側に貸し与え、被告岩渕側においてこれら書証に押捺したものであり、その際原告等は前記賠償金のみをもつて示談する旨の意思もなく、またその旨表示したこともないことが認められるからして、前記各書証は被告等の前記主張事実を肯認する資料とはなし難く、また証人岩渕祐一の前記証言は容易く措信し難く、さらに証人菅原清蔵の証言も被告等の主張事実を認めるには足りず、その他前記認定の事実を覆えして被告等主張の事実を認めるに足りる証拠はない。

したがつてこの点に関する被告等の主張は採用しない。

(二)  弁済関係

前記認定のとおり原告が自賠法に基づく保険金一、〇〇〇、〇〇〇円をもつて賠償を受けたことは、原告もまた自認するところであるが、さらに被告石川は右金額のほか、被告岩渕が葬儀費用等の諸経費として合計金九九、五七五円を原告に支払つた旨主張するが、右主張事実を認めるに足りる証拠はない。却つて〔証拠略〕によると、千治の葬儀費用等の経費は被告岩渕が原告のために立替払したもので、これらはすべて同被告が前記金一、〇〇〇、〇〇〇円を原告側に交付する際、右金額から差し引いて、原告から返済されたことが認められ、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

したがつてこの点に関する被告石川の主張もまた採用できない。

六、結論

そうすると被告等は各自原告に対し、前記四の(一)および(二)の各損害金の合計額金三、一八六、三九〇円から前記保険金一、〇〇〇、〇〇〇円を差し引いた金二、一八六、三九〇円およびこれに対する本件不法行為発生の翌日である昭和四〇年一一月一一日より支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるから、原告の本訴請求は右金員の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田辺康次)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例